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先日、某作家先生の長編小説を読んだ。
複数冊にまたがるややこしい物語で、単行本にはあとがきや解説が一切ついておらず、本文だけである。
到底ハッピーエンドとは言えない内容で(見方を変えればハッピーエンドと言えなくもないのだけれど)、とてもやるせなくつらい気持ちになった。

インターネットで書評を読むうちに、文庫本には解説やあとがきがついていることを知った。
普段、私は解説やあとがきを重視しない。
あれば参考にする(実は、本文を読むより先に解説やあとがきに目を通すことにしている)のだが、なければないで構わないというスタンスだ。
単行本を読んだあと、文庫本にまで手を出すことはない。

しかし、今回は我慢できなかった。
数日間煩悶したあげく、私は文庫本の解説やあとがきを読んでみることにした。
解説やあとがきを読んでいうるうちに、何かがすとんと腑に落ちた。
もやもや感が薄れたのだ。
それは、著者が軽いタッチでインタビューに答えていたりあとがきを書いていたりしたからだと思う。
あとがきを求める読者の気持ちが理解できた。

だけど、読者に強い印象を残すという一点においては、解説やあとがきは不要だった。
解説がなければ、読者は自分で物語について考えなければならない。
実際、私は数日間悩んだ。やるせない気持ちに苦しめられて、恋人を思うように小説の登場人物たちのことを思った。

単行本を買ってくれた人にも文庫本を買ってもらうために、あとがきや解説をつける、という気持ちは理解できる。
作家だって人間だ。霞を食べて生きているわけじゃない。
出版社だって、売り上げがなくては次の作品を出版できないだろう。
そして、繰り返しになるが、あとがきを求める読者の気持ちも分かる。
(この作品の文庫版の解説やあとがきがなければ、私はあと数日間やるせない気持ちに苦しめられたと思う。)

でも、自分の心で感じ、自分の頭で考えたものでなければ、長く記憶にとどまらない。
読者の心に深い爪痕を残すためには、本文だけでなくてはならなかった。

誤解のないように書き添えておくと、私は解説やあとがきがいらなかったと言っているわけではない。
どちらも興味深く熟読した。
この長編小説は、単行本も文庫本も売れたに違いないと確信している。

なんだか支離滅裂な文章になってしまった。
最近私は、どうすれば読者の心を抉る作品を書けるだろうかと考えている。
読んで、ああ楽しかったな、で終わる作品にはなりたくないということ。
喜怒哀楽、どれでもいい。一度読んだら一生忘れられないほど鮮烈な作品を生み出したい。
そう思うようになったのは、この作家先生の作品を読んでからだ。

いつか、この作家先生に自著を読んでもらいたい。
私から献本するのではなく、その作家先生自らが手に取って読んでみようと思う作品を生み出したい。
今はまだ足元にも遠く及ばないけれど。

精進します。
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2019.04.24 Wed l 日々 l コメント (0) l top

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